ボサノバ・イパネマの娘

イパネマの娘

 ボサノバソロ演奏   クラシックギター  演奏 画図ギター
グアムに行ったときの海岸。見渡す限りの美しい空と海の色は格別です。
ブラジルのアントニオ・カルロス・ジョビンが1962年に作曲したボサノヴァの名曲。「イパネマから海へ歩いていく、日焼けした愛らしい娘は彼が微笑みかけているのに、まっすぐ前を見ているので、見てくれない・・・」海岸を歩き去る少女への届かぬ思いを物悲しく訴える歌詞です。イパネマとは、ブラジルのリオデジャネイロ市内に位置するイパネマ海岸のことです。この曲が作られる過程で伝説的に語られている、以下のエピソードがある。
 

当時、ジョビン、モライスなどのボサノヴァ・アーティストたちは、リオデジャネイロのイパネマ海岸近くにあったバー「ヴェローゾ」にたむろして酒を飲むことが多かった。

このバーに、近所に住む少女エロイーザ(本名:エロイーザ・エネイダ・メネーゼス・パエズ・ピント、Heloísa Eneida Menezes Paes Pinto 1945年 - 。のち結婚でPinheiroと改姓したため、エロイーザ・ピニェイロの名でも知られる)が、母親のタバコを買いにしばしば訪れていた。彼女は当時10代後半、170cmの長身でスタイルが良く、近所でも有名な美少女であった。

ジョビンもモライスも揃って非常なプレイボーイであり、殊にモライスはその生涯に9度結婚したほどの好色家であった。女好きの彼らはエロイーザの歩く姿に目を付け、そこからインスピレーションを得て、「イパネマの娘」を作ることになった。

この際、ジョビンとモライスが、ヴェローゾの店内で即席に曲を作ったという説が広く流布しているが、実際の作詞・作曲自体はそれぞれの自宅である程度の期間をかけて行われたもので、伝説とはやや異なる。

作曲のきっかけの場となったバー「ヴェローゾ」は、のちにこの曲にちなみ「ガロータ・ヂ・イパネマ」と改称された。